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見積書の怪

相手に意思を伝えるために言葉や文字があるように、建築の世界にもそれがどんな建物であるのかを表現するために図面というものがある。

建物という複雑なカタチを二次元の紙に表現するのだから、伝える内容ごとに表現の仕方は異なるし、さまざまな切り口も必要となる。
そもそも、CADにしろ紙にしろ、そのなかでは納まりきらないモノを図面にするのだから「縮尺」というものが必要になり、本来の姿の何分の1かに縮小して描くことになる。必然それらは記号化された約束事に基づき描かれてゆく。

新聞広告などで見かけるような「間取り図」というレベルのものにしても、ドアの開く方向や記号化された窓を知っていなければ理解のしようもない。

私たちが設計する場合、木造2階建てであればA2サイズの用紙で25~30枚程度、鉄骨造やコンクリート造であればプラス10枚ぐらいの図面を描くことになる。

この図面をもとに施工業者は見積りを取ることになるのだが、複数の施工業者に頼んだ場合、ぴたりと金額が一致するなどということはまずあり得ない。
同じ時期に同じ図面を読み、すべてが同じ条件であるにも拘わらず、出てくる見積書はその内容からページ数までまちまちだ。
なぜこのようなことが起こるのか?

・ 利益率の違い
・ 腕の善し悪し
・ 材料の選び方
・ 仕入れ値の違い
・ 協力会社との関係
・ 広告や営業費の違い
・ そして、図面の読みとり度の違い など

いくつもの要因が考えられ、それらが重なり合って、まったく違った結果が出てくるのである。

以前、鉄骨造2階建ての住宅の見積りを取った時のこと。
A社は4,000万円、B社は4,600万円、C社は5,300万円、そしてD社はギブアップ。難し過ぎて手に負えないとの返答がきた。


A社を基準にすると、B社は1.15倍、C社は1.3倍強。けっして大きな差があるわけではないが、金額が大きいだけに印象はかなり違う。
また、C社の場合、二重計上や読み込み不足からくる数量間違いなどもあり金額が膨らんでいたが、それらをチェックするのも設計事務所の重要な役目である。

さて、ここで簡単にA社が良いとは判断できない。ショップごとに野菜の値段が違うのと同じだ。安売り店の八百屋は中国産。近くのスーパーは国産。青山の有名店は無農薬こだわり産地直送。
モノを買う時、値段だけでなく、その過程や出来具合を考慮に入れるのは当然と云える。

難しいのは、建築の場合、現物が眼の前に無いことと見積書にあまりバックグラウンドが表示されてないことだ。

材料についてはある程度図面のなかに表現でき見積書にも反映されるが、施工者の性格や技量などは織り込まれない。


「多少手は遅いが非常に丁寧な仕事をする大工」とか「美術鑑賞が趣味で芸術的趣向が強い金物屋」あるいは「無鉄砲だが仕事は早く工賃は通常の7掛け」などの表現は見たことがない。
安さに飛びつき、いざ工事が始まってみると、現場には日本人がひとりもいなかった、ということだってあり得るのだ。

図面に個性や性格が現れるのと同様に見積書にも各社の個性は滲み出る。ハウスメーカーでは10枚にも満たないらしいが、設計事務所が描いた図面を見積もった場合、木造2階建てでも40~50枚くらいの見積書になる。


細かく丁寧に拾ってくる社もあれば、なんでも「一式」で片付ける社もある。材料代とは別に施工費や運搬費などを明記してあるものもあれば、各項目のなかに含めているものもある。そして当然とも云えるが、利益などは各所に散りばめられオモテには出てこない。

しかし本当の問題は、見積書から多少の傾向や性格がわかったとして、それを加味して金額を比較したとしても、それで必ず満足のいく建物ができるかどうかはわからないということだ。
そこで「監理」という作業が重要な役割を果たすことになるのだが、それは別の機会に譲るとして・・。

普通は金額の高い方が腕のいい職人を入れているということになるが、そこに建物の出来とは直接関係のない、広告費や営業費、利益率などが盛り込まれるため総額の安い方がいい仕事をするということも起こり得る。

結局、多くの人は「安くてうまい」という期待と予算の制約により、一番安い所に決めているのが現状だが、もっと見積書の透明度が上がれば納得のいく選択ができるようになると思うのだが・・。

Anecdote of Architecture

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